こんにちは。センケイです。
私には、Final と呼ばれる春の東京ドーム 2 days 公演で、ついに見ることができず、今でもその映像の断片をみるにつけ胸がきゅっとなってしまう公演が2つあります。
ひとつは言わずとしれた「μ's Final LoveLive!〜μ’sic Forever♪♪♪♪♪♪♪♪♪〜」であり、もう1つが JUDY AND MARY の「WARP TOUR」最終公演です。
どちらも、好きになるにはタイミングが遅すぎたのです。JUDY AND MARY については、自分が音楽を真面目に聴き始めたのが 2002 年からであり、先の公演 2001 年 03 月 08 日より後のこのときには、影も形もなく…
しかしこの2つの寂しさを払拭してくれるようなことも幾つかありました。まず1つはこちらです。
三森さんの曲で恩田さんの作曲のものがあるけど、音楽を真面目に聴きだす前にジュディマリが解散していた自分にとって、これはヤバイ。どちらのドームの最終公演も立ちあえず過ぎ去った切なさに、救いが芽生えるようだ
— センケイ (@a33554432) October 14, 2016
μ's で海未ちゃん推しなのを差し置いても三森さんの歌やダンスは大変素晴らしいもので、2016 年 10 月 28 日には救われがありました。
2つ目が、2018 年 11 月 18 日に日曜参戦した、Aqours の東京ドームでのライブそれ自体。好きなグループが、この大会場で好きな曲を歌うというそのシンプルな、しかしまたとない出来事に、ようやく立ち会うことができたのです。
そして今回<WINDY STAGE>のテーマ曲「なんどだって約束!」の登場により、3回目の救われが文字通り約束されようとしています。
以前から好きということもあって、信頼できるオタクとはよく「JUDY AND MARY には Aqours 性がある…」みたいな話をよくしていたのですが、その一方で、フカヨミのしすぎなのかも…?という思いも拭い去れないところがありました。
(なお、そのかたの書かれている記事が同時にアップされると思います。こちらなのですが、記事の最後にも改めて紹介します!)
しかし CYaRon!の曲である ある日…永遠みたいに!や Whistle of Revolution において、元ギターの TAKUYA さんが楽曲提供されたということを受けて、どうもそれが主観的な話に留まらなかったらしいと、裏打ちを得た気持ちになっておりました。
もしかしたらユニットがらみだけの特別企画だったのかもしれない、そのようにも思いました。
しかし今回ついに9人全員曲で、 TAKUYA さんが共作曲されたと分かったのです。
真夏を目前にした初夏の東京ドーム。
元ギタリスト TAKUYA さんが制作陣ご参加ということを受けて、また WINDY STAGE というタイトルを受けて、夏や風を感じさせる JUDY AND MARY の曲の良さを、今こそ紹介しなければならない。
私はこのように感じるしかありませんでした…。
鯨、海、冒険
JUDY AND MARY の楽曲はアルバムなどの装丁や活躍した時代に見られるポップ・キュートな印象からは意外なほど、四季折々の風景や雄大な景観について歌っているものが多く、よく聴いてみると初めに驚かされます。これは、もしかするとヴァーカリストの YUKI さんが北海道出身のところにも起因するのかもしれません。
(なお、YUKI さんは素晴らしく広い音域と抑揚で大変見事に歌い上げられるかたで、地声でゆうに 上の E まで表現されているところや、2月生まれのところからは、やはり私たちが想いを寄せる歌姫を、連想するところではあります。)
その風景には海や洋上の冒険について述べられるものも多く、描写の重なりを感じざるを得ません。
例えば、炭酸飲料を彷彿とさせられるくらいには青春まっしぐらな曲である「自転車」という曲がありますが、ここでは「自転車こいで 海を見に行く」とあります (差し当たっては1期10話、11話を思い起こさせられますね) 。
また、思わず WATER BLUE NEW WORLD とみまごうタイトルである「Brand New Wave Upper Ground」は文字通り海について歌われる歌ですが、サビ部分の「2人で夢を見ている」「愛しい日々は旅を終えて 赤道線の上」といった歌詞は、サンシャイン!! のアニメやデュオ曲などのストーリーに重ねて読みたくなるところです。
それに、今までの時間の振り返りに少し切なさの色がある部分も、まさにサンシャイン!! 性を感じる部分ではないでしょうか。
極めつけは「くじら12号」ではないでしょうか。
自分が記憶している限りでは、これは RPG のような冒険をテーマにした歌だったはずです。散りばめられたワードは冒険そのものだし、特に船出を想像させられるワードにピンと来てしまいます。
「太陽が目覚めたら あの船で行こう」「まだ誰も知らない あの空の果ては」
…どうでしょう。そこはかとなく感じられる Fantastic Departure!…いやむしろ smile smile ship Start! の感じ!
今すぐ私たちも帆を上げて進みたくなるようなこの感じ。二十数年前の曲の割に比較的知名度もあり、既に街中などで耳にしたかたもおられるかもしれませんが…、そんなかたも初めてのかたも、是非1コーラス目だけでもこの感じを味わってみて欲しいな、という想いがあります。
青春、痛み、いまこのとき
先に上げた自転車の青春み、そして Brand New Wave Upper Ground の切なみ。こうしたあたりはサンシャイン!! を貫く重低音と似ている部分がある、と個人的に感じてしまうところですが。
全力で立ち向かうからこそ時には挫折もある。それを受け入れていくかのような歌詞についても JUDY AND MARY の歌詞にちらほらと見られ、Aqours を聴く楽しさを底上げしてくれるように感じますので、こちらも紹介していきたいと思います。
恐らく JUDY AND MARY で最も有名な曲の1つであると思われる「Over Drive 」は、明るい曲調で夏をストレートに歌う歌です。「あぁ 夢は いつまでも覚めない」という具合に。
しかしその明るくストレートな曲調とは裏腹に、影を感じさせる部分もあります。「夜に堕ちたら」とか、上と同じメロディーの部分で「あぁ 今は痛みとひきかえに」といった具合に。これこそ、WATER BLUE NEW WORLD のような青春や〈いま〉の裏表の部分、あるいはそういう覚悟を決めている部分というのを、感じざるを得ません。
いまこの瞬間を全力でやるというのは、ときにそうして、ポジネガの両方を受け入れていくということでもある。千歌ちゃんの言葉を借りるなら、「嬉しいことばかりじゃなくて、辛くて、大変なことだっていっぱいあると思う。でも私、それを楽しみたい!」ということでしょう。
また、〈いま〉を生きるからこそ、未来がわからないからこそ、夢の形は変わっていくもの。失敗してめげずに新しい目標を持ち、そのときそのときの状況を受けて新しいことを目指していくということ。
このめげなさ、そして夢や目標を絶えず変えていくことこそが、個人的に Aqours の美しさの本質であり、それこそが〈いま〉を生きる姿なのだと考えてきたところです。
こうした2つのテーマは、実際歌詞として、勇気はどこに?君の胸に!や、スリリング・ワンウェイ、Brightest Melody、未体験HORIZON と、際限なく色々なところに現れています。
以前の記事でも脚注で述べたのですが、自分が前からちょっとモットーにしていた JUDY AND MARY の「ダイナマイト」の以下の言葉があります。
目指す場所は いつも 変わるけれど 信じてるものは いつも 変わらない
この自分の大事にしてきた考え方と Aqours の歌にかなり親和性があるので、つどつど驚かされたものです。
「mottö」の歌詞でも「あせらないで それよりも 今を愛してね」という歌詞があります。
今このときを大事にするということ。それは切なさや痛みを伴うこともあるし、それにそのときそのときでできることを全力でやるからこそ、それゆえに夢の形も変わっていくということ。
こうしたテーマを明るいアッパーで歌うその両面性をしみじみと聴くとき、やはり Aqours の曲の楽しみがより深いものになっていくと、日々痛感しているところです。
風、太陽、そして夏
前述の自転車や Over Drive もそうなのですが、JUDY AND MARY はまずもって夏の歌が多いのをよく痛感します。典型的なものを挙げるだけでも他に「DAYDREAM」「ラッキープール」そして「ひとつだけ」といったところでしょうか。
Aqours の曲や物語は必ずしも夏を描いたものばかりでもないのですが、1期放送が7月始まりだったことや、2nd, 3rd, 5th が日の燦々と照るような夏あるいは初夏の時期であった記憶から、夏の記憶として憶えているかたも少なくないのではと想像しております。
今回も東京ドームも6月25日、26日という真夏を間近に待つ時期だということを考えると、JUDY AND MARY の夏の歌でこの2日間に向けての気持ちが深まっていく…この感覚を多少なりともお裾分けしたい感覚がありまして。
太陽もそうですよね。前述の「太陽が目覚めたら」というフレーズもしかりですが、「Hello! Orange Sunshine」なんかは曲名からしてユメ語るよりユメ歌おうの「見えてきた」の箇所そのものだな、とか (「犬もついてくる」し)。また自転車を挙げるなら、「夜明けの空に 太陽をめがけ」。
こうした風景描写の数々は、まるで SUNNY STAGE の記憶を蘇らせてくれるかのようです。
また、風。
前述の Over Drive の「夢は いつまでも覚めない」「痛みとひきかえに」の直後に続くのは、「歌う 風のように…」という言葉です。夢や苦しいことをも風と重ねていく、美しい描写です。
そして文字通り来たるは WINDY STAGE。
その前までに、ど〜してもぜめてこの1曲だけは聴いて欲しいとしたら、やはり「ひとつだけ」を挙げさせてください。
まず以下のような大好きなフレーズがあり、これを推しカプの一方が一方に投げかけている様子を想像すると愛おしくてたまらないため、是非試してみてほしいのですが。
あたしがもし泣いたら 君の唄で空を高くさせて
しかしこの曲で、TAKUYA さん参戦のことを生放送で知り、一番自分をしびれさせたのは、以下のひとフレーズです。
風の向こうに 夏が待ってる
私たちがあの WINDY STAGE を迎え、憧れの舞台をもう一度追いかけることができるとき、夏はもう、すぐそこに来ている。WINDY のそのほんの少し先に*1。
「ひとつだけ」は言います。「さよならは言わないでね 願いはひとつだけ 夏を待っている」と。
…っどうでしょう。このどこか儚い夏への期待は。まるで Marine Border Parasol が待っている「これが終わりじゃない」「違う夏」のことを見ているような。
本当のところどんな夏が来るか分からない。「潮風が知ってる」ことだから。
そんな、喜びも、痛みも、今でよかったという想いも。全部ごちゃまぜにして夏を待つその「WINDY」。私たちがこころに刻もうとしているのは、そんな風であったはずです。
どうでしょうか。
あの Aqours がもういちどあのステージに、それも夏を前にした風のステージに帰ってくるのを前に、それを待つ気持ちを彩るにあたり、なかなか踏まえておいても悪くないコンテクストなのではないでしょうか。
空や海、風、痛みを伴う青春まっしぐらさ、太陽、そしてもうすぐやってくる「暑い夏」。
それまでのあと3ヶ月間を「熱く駆け抜け」るお供として、是非たしなんでみて頂けたら嬉しい限りです。
それではここまで、ありがとうございました。
初夏を感じる風の中で、またお会いしましょう。
なお、最初に触れましたように、よく JUDY AND MARY のAqours 性について話していたノットさんとは、今回の件を受けてそれぞれ記事を書きたいねとも話していたので、最終的に姉妹記事として同時にアップするというプチ企画をやっています!
お互いの記事を見ずに書いたんですが、意外と偶然にも同じ話題が登場する箇所も…?
なるほど複数の人から見てもやっぱりそれが Aqours との重なりなんだ、というのを感じて頂けたらなと思います。というか拝読するかぎり普通にめちゃ面白いです!ぜひぜひ〜
https://osakanatalk.hatenablog.com/entry/judy_aqours_mary