海の道から来、これからも続いていく昨日のこと

こんにちは。センケイです。

実は最初にカミングアウトしてしまうと、流した涙の量だけで言えば、去年の CYaRon!や、今年一月の劇場放映「Aqours First LoveLive! ~Step! ZERO to ONE~」のほうが、そのボリュームが多かったと思います。

 

時代的な閉塞感や行き詰まりからようやく出かかった喜び、救いというのは、そのころからもう、浴び始めていたに違いありません。
そのとき感じた希望をもとに、Aqours のライブはきっと蘇ってくれる…心の中では既にあの頃もう、そう信じることが出来ていたのかもしれません。


もう1つは、夢についてです。自分にとって Aqours がいかに欠かせないかという事もまた、今に始まったものではなかったし、ここ1年半ほどの時間を掛けて、何度も感じられてきたことでした。今にして思えばですけどね。
目まぐるしいこの時代、自分の夢の形が変わっていく。ときには抽象的なものになっていく。それはそれで別にいいのだけど、それは支えのない中を、独りで戦うようなものだと思っていたのです。でも、そんな戦いについて Aqours は「大丈夫」「ひとりじゃない」と (実はもう随分と前から) 言ってくれていた… 思えばずっとそんな存在だったと感じられてきたのですよね。

 

これらの2つの意味で、今回の感動を測るバロメーターは、「涙×」ということだったのかもしれません。


1st の劇場での視聴体験は大変に良いものだったので、この機に少し触れておきましょう。

漠然とした何かに熱い想いを、長くて大変な戦いになるかもしれないことを、ずっと続けていくのでも、それでも良い。今の自分が立ち向かっていきたいものがそういうものだったから、このとき映画館で感じた時間やセリフの意味、そして歌が、かけがえのないものに感じられたんです。

 

 

 

この言葉を受けて、光り輝く扉の先で行われた楽曲こそ、MIRAI TICKET。これは奇しくも、バンテリンドームでこそないものの、名古屋を舞台にした楽曲です。

このような背景を受けて、今回のライブでも一番希望を感じられたのは…、今ここにある希望がこの先へも続いていくのを感じられたのは…、MIRAI TICKET であったと思います。
他に好きな歌が沢山あることもあって、正直に言うとこれまでは、特別にぞっこんになっていた一曲ではありませんでした。
しかし曲の背景をよく思い出して聴いてみると、希望、そして自らそれへと向かっていく熱意、そのバトンが自分にも渡されようとしていることを、痛いほど感じられるようになってきました。

 

キャストの方々のような有名人からしたら、やはりというか、自分はまぁ「普通の人」なわけです。それで全然良いとも思っています。しかしそんな普通の人にも「一緒に輝こう!」と言ってくれるこの曲、そしてキャストさんたちの語りかけで、また夢に向かって進む気持ちが加速させられる。いや、というか、長く続けていける気がしてくる。そんな想いで満たされていきます。
1st のころから連綿と歌われてきた歌だからというのもあるでしょう。何よりもキャストさんご自身たちが、こうした曲を長く続けて、そしてより洗練されたものへと高めていかれている。その姿こそ、続けていけるということを、背中で語っているように感じられました。


長く続いてきた歌といえば、「夢で夜空を照らしたい」もまたそうでしょう。MIRAI TICKET もこの曲も、アニメ作中では一度挫折を経験する歌でもあるのだけど、ときとともに明らかに意味合いも変わっていっていますよね。今聴けば、劇場版のフィレンチェに対して言われたように、地域の良さはずっと失われないといったメッセージに感じられます。

この歌を聴いていると、沼津市とは全然無関係の自分の地元というのも、それほど好きでもなかったんだけど、何かとてもあたたかく感じられてくる。そうした力が Aqours にあるのを感じます。長く追いかけていればいるほど、長い時間をかけて出来上がるような形で、人生の奥行きを豊かにしてくれているのかな…と思うなどするわけですね。

そういう意味では、いい大人だから、人生のステージが変わったから卒業しようとか、そういうんじゃないよなと痛感するわけです。今とは違うステージでも、また何かを受け取り続けるんだろうなぁと。

それに MIRAI TICKET の意味も、アニメでの場面の意味を含みつつも別の意味が重なって、そのさきの MIRAI は決して二期だけではなく、もっと先の未来を指差していたのではないか。いや今こそそういう意味が伴ったのではないかと、そう感じられてきます。

 

…少し関連しそうになってきたので、万を持して「DREAMY COLOR」の話をしましょう。

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今回は涙以外を通じて感動を感じられたとは言っても、この曲のときだけは流石に膝から崩れ落ち、目もパンパンに腫らしてしまいました。

まる一年以上も閉塞させられ続けていた私たちの生活。2020 年の後半ぐらいにほんの少し希望が見えたものの、この曲の公開された 2021 年 5 月はまた道が閉ざされ、この状況下1年過ぎしてその先の希望も見えない…、一番胸の詰まる想いの時期だったかもしれません。

そのとき、それでも Aqours は止まらない…。そんな想いを全身で感じられたのがこの公開でした。キャストさんたちご自身が PV として写っている点が、ますます「いま」懸命に活動してらっしゃるさまとして感じられたのかもしれません。

架空の観客席は、そんな胸の詰まる文脈においては、心の擦り切れるものにも感じられたのだけど、いっぽうで、それでもやる!というメッセージにも感じられました。その立ち向かいに、ずいぶんと鼓舞された記憶があります。

 

今思えば僭越だったのですが、自分が参加できない以上に、キャストさんやスタッフさんが悲しむのを見たくないなんて思ったことも何度もありました。でもキャストさんやスタッフさんはずっと、それはそうなのですが*1、そのときそのときの全力をやってきてらっしゃっていて、やっぱり励まされるのは常にこちらなんですよね。

 

ちょっとご時世のほうに脱線しすぎました。

しかしこの曲と、今回のライブを通じて感じられたのは決してそれだけではなくて、ますます Aqours の方々がアーティストになってきた、という点です。

ダンスに特化し衣装も新調したパート。今まででも相当凄かったのに、さらに磨き上げてらっしゃる姿。

アニメ文脈を離れて…ということについてはもう私が語るまでもないことですが、いちパフォーマーとして純粋に「良いもの」を、カッコイイものやグルーヴを…。何というかそういう形で、新しいステージにまた突入されたのではないかと、勝手ながら感じていたのですね。

しかしそれはアニメ文脈と独立したものではなくて、現在進行系で「もっと先の景色望む」姿をこうして見せてらっしゃるところに、驚くべきシナジーをもたらしてらっしゃるわけです。アニメの希望や力強さ、挫折をも楽しんでやろうという姿勢もまた、根底の重低音として活きてきていると言いましょうか。

 

 

若干視点が変わりまして、人と話していたときに改めて気付かされたのは、「Aqours ONLINE LoveLive! ~LOST WORLD~」というような時代背景をテコにする形はいかにもサンシャイン!! そして Aqours らしいという点ですが、以上のことはそのテコの作用による大きな跳躍であったようにも感じられてきます。

Aqours Pirates Desire」はまさにテコと跳躍の両方の文脈を取り込んだ演目だったのではないでしょうか。失われた世界でのみ営まれた、カッコイイゆえに私達目線には悔しさも感じられたあの曲を、単なる焼き直しではなく新衣装という MIRAI を取り込んでの演目。あれは、えもいわれぬものでしたね。

 

起こった過去の事は変えられない。ときにはそれを切り離し、ときにはそれを武器にして、基本的には今を!全力で進んでいかれている。そうした時間の流れ自体が、私たちには美しい物語に感じられていく。そんなこれまでの時間と、今回のライブを受けて、今までと重なる部分もありつつ、今までにはない薫陶もまた沢山受け取りました。まだまだやることは沢山あるし、やっていかねばなと。そして、また新しい挑戦をされているかたがたを、さらに追いかけていきたいと。それはきっとまだ描かれていない、予想できない MIRAI の姿と思い、それが楽しみに感じられてくるのです。

 

 

ここまでありがとうございました!書いていて楽しかったです。

 

脱出ゲームの曲についても参加した日のことが思い出されたし、自分は (ラブライブ!とのコラボではなかったですが) スタッフ経験もあったので、そのも色々と書きたいところでしたが、最近わたくしごとを書きすぎていたので、今回はやめました。これはまたの機会に!

 

まだまだ冬文脈や名古屋文脈、また 3rd で自分の物語と絡み始めた大好きな曲「WATER BLUE NEW WORLD」にも多くの想いがあるのですが、ときの経たないうちに形として出しておきたく完成を優先して、今日は一旦ここまでにしたいと思います。

 

願わくば所沢の空の下で、あるいは続いていく私たちの物語のどこか片隅で、またお会いしましょう。

*1:表現のとても難しいところです。ときには休むのもそれはそれで良いと思うし、当たり前に出来ることではないからこそ私はそれを尊敬しているので、「当然」と申し上げることは決して出来ません。しかし、プロとして頑張ってらっしゃる所に対して「休んでも良い」というのもまた、足を引っ張ったり、失礼にあたったりしかねない、と、そのように思えるわけですから。