市民の夢を作る、私とあなたの夢 アニガサキ12話感想

道は違えども、夢を追求していく。

そのような美しい物語について話をするとき、いったいどんな言葉を選べば良いのか、これがまたなかなか難しいところです。

 

ただ、このブログの場合はずっと「社会」を意識して書いてきていますから、今回もあえて市民社会といったところを見ていくほうが面白い気がしました。

 

ニジガクのみんなの中には、強力なリーダーシップ自体がないわけじゃないけれども、そのリーダーシップが牽引する以上に、集まってきたみんなの力が物事を作っていく。

そんなところに着目してひとつ、この12話を振り返ってみたいと思います。

そしてこの観点を一度経由することで、主要人物たちの繊細な気持ちの移ろいもまた、見えてくるところがあるのではないでしょうか。

 

それでは、12話、対戦よろしくおねがいします。

 

 

市民が叶えるフェスティバル

 

一人ひとりが違う夢を追い求めることができる。これはかなり大雑把に言えば「自由」ということになるでしょう。

それに、「誰もが」夢を追えるというのは、平等なことでもあります。これまで苦しくも光の当たってこなかった人の存在が、初めて社会の中で見えて来、そうすると助け舟を出すことも出来るようになってきます*1

 

しかし、そのように一人ひとりがそれぞれに夢を追うような場所は、どうやって具体的に作っていけばよいのでしょうか。

 

確かに、高咲侑には強力なリーダーシップ、あるいはカリスマというべきか、といったものがあり、「全部でやります!」という宣誓には、生徒会一同が思わずざわめいてしまうほどでした。

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出典: ラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 11話/©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会

しかしこれを支え、そして実際に形にしていったのは、同好会のメンバーたちを応援するファンや他のクラブ活動のみんなでした。

これは、大雑把に表現してしまえば「市民社会」の動き、つまり、自分たちで自分たちのための自治を行なう動きだと思えます。

 

もう少し具体的な「市民社会」の例を見てみましょう。

これは奇しくも沼津市マルサン書店さんで買った本ですが*2、『ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか』という本に、10万人くらいの市の良い例が載っています。

 

ここで登場するドイツの「エアランゲン市」という市では、市民がかなり積極的に自治に参加しているそうです。

具体的には、文化的な施設である市営劇場を寄付で改修したり、12日間で総勢120万人も訪れるビール祭りを維持したりと、枚挙にいとまがありません。政治参加も積極的で、そのための基盤も維持されているようです。

言ってみれば、自分たちの実現したいことは自分たちの手で実現するのだ、という意思が言葉や行動に表れているという具合ですね。

 

フェスティバルはみんなの夢を叶える場所。しかしそれはみんな自身が叶えていくということでもあったのです。

そして、フェスティバルの詳細は、同好会のリーダーシップを越えて学園の一人ひとりによって実現されていくのでした。

 

近江彼方と夢を叶えるバスケットボール部部員たち。朝香果林、エマ・ヴェルデと夢を叶える服飾同好会。

そして、天王寺璃奈と親しかった焼き菓子同好会のなかには、上原歩夢を支えるメンバーも現れます。センターポジの情報は明かされてないと思うのですが、それでもこの配置になっているのは、今日子たちが歩夢推しだからだったんですね。

11話で今日子が目を輝かせていたのは、推しが現れたからだったのかと思うと、感慨深いものがあります。

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出典: ラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 11話/©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会

 

自由の中に浮かぶ家族

ここで疑問になるのが、市民一人ひとりが個別に、自由に夢を追いかけられるということが、親しい仲にどのような影響を及ぼすか、ということです。

 

今までも書いてきましたように、そうでなくとも目まぐるしく物事が移ろっていく世の中です。

はたして人と同じ場所、環境、目標をずっと持ち続けられるのか。それは誰にもわからないことです。

 

隣に住んでいる幼馴染ということで、侑と歩夢はある種、家族のような仲かもしれません。

ところが、7話感想で書きましたように、この変化の激しい時代における家族は、少しずつ不安定なものになってきています。

 

もちろん、不安定で、ときに一人で戦わなくちゃいけないからこそ、家族は渇望されてもいるのでもありました。実際、歩夢は侑と同じ目標を共有できなくなることをひどく恐れていました。

しかし、そんな家族のような形態を維持するには、ときに更新していく、家族という形態を作り続けていくことが必要にもなります。

 

これは5話感想や、スクスタ20章感想で書いたことですが、親しい仲の愛において重要なことの1つに、相手の変化を許すことがありました。

道が違っていても尊敬できるということは、確かに素晴らしいことです。

 

歩夢は少しずつこのことを受け入れたのか、最後には、相手との違いを尊敬しあえる姿勢に変わっていきました。

覚悟の決まったその横顔は、切なくも凛々しいものに感じられます。

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出典: ラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 12話/©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会

確かに、このように別々の道を歩むことは、家族の絆を解体するようなものかもしれません。

しかし、こういうふうにも考えられないでしょうか。彼女たちの決断は、家族という絆を「作り」、上書きしていくという意味で、よりこの時代に合った家族の形を選んだのだ。と。

 

それに11話感想で書いたように、解体が「あるかもしれない」からこそ、愛を確かめるという「コミュニケーショションとしての」愛はむしろ強められる可能性があります。

永遠という保証がないからこそ、言葉やしぐさ、あるいはプレゼントで愛を確かめ合う。それは、2人の間から「愛」というものが失われないことを示す、1つの証左なのかもしれません。

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出典: ラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 12話/©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会

 

 

また、平等について考えることで、歩夢のこの決断にあるもう一つの意義が見えてきます。

市民社会の目指す姿は平等な姿。これは、家族の不平等に救いの手を差し伸べることも、もしかしたらあるかもしれません。

 

結婚と家族のこれから』でも見られるように、家族の歴史はある意味、不平等の歴史だと言っても良いでしょう。

相手のためだけに尽くすこと、あるいはそれを相手に求めることは、外に羽ばたいていくチャンスを抑制するということ。

もちろん、それで上手く回った家庭も、それで対等にいっている家庭も、無いわけではないでしょう。しかし、一方が一方に従事するような夫婦関係はやはり統計的には、不平等の温床であるという面を無視できません。

 

そう考えると、「あなたのためだけに」頑張るのをやめたり、それを相手に求めるのをやめたりすることは、対等な関係への一歩だと思えるのです*3

2人の関係性はきっと、相手を縛り合わない、相手の尊厳を守れる可能性がより高い関係へと、発展したのだと思います。そう思うと、寂しいような気もしましたけど、やっぱり前進をそれ以上に感じます。

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出典: ラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 12話/©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会

 市民社会のなかにある理念である、自由と平等。

それは一見、家族という強い絆を解体するかに見えました。しかし、2つの意味で、やっぱり2人のご縁に希望を与えるものだと思えました。

第一に、離れる「かもしれない」からこそ、確かめあうという形での愛が強まったであろうこと。

第二に、2人の間に「あそび」が出来ることで、より柔軟な関係が出来ていき、尊厳がより守られるようになったであろうこと。

以上の2点から、「信頼」*4を背に、先の分からないこの時代を生きていこうとする、2人の逞しい姿が感じられたのです。

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出典: ラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 12話/©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会

 

人を巻き込む才能

 

市民社会に典型的に見られる理念、自由や平等が、家族のようなご縁にどう影響するかをここまで見てきました。

逆に、家族のようなご縁が市民社会に与える影響は、どのようなものがあるでしょうか。

 

まず、市民社会と、親密な間柄との関係を見ていきましょう。

市民社会はざっくりいえば、3話感想で書いた「パブリックな場 (公共圏)」と近いように見えます。

それは国家によるものでもなく、経済や企業によるものでもない場です。

 

さて、では市民社会は、親密な間柄の場 (親密圏あるいは愛) と相反するものなのでしょうか。もし、誰でも受け入れ、秘密を作らない公開のものにするのであれば、どうしても愛と相反する部分が出てくるように思えます。

 

ところが論者によっては、市民社会というのは、むしろ愛や親密圏 (特に家族) から構成されるようなのです*5

 

それに近年では、まるで家族のようなご縁を恣意的に作るという共同体もまた、着目されているようです。

ほんらい恣意的に作られる団体というと会社のようなシステマティックなものが主流で、これはご縁による団体とは区別されてきたものです。

しかし、ご縁とシステムとの間を縫うような団体もまた有り得るということで、これに注目が集まっているようなのです*6

 

そのように考えていくと、侑と歩夢の家族のような縁もまた、重低音として同好会に流れていてもおかしくないでしょう。

そしてそのご縁の広がった先に、同好会や、歩夢を囲うファンの集まりがあるのかもしれませんね。

ある意味、恣意的に作られている同好会。しかしその同好会の結びつきが必ずしもシステマティックなものでないことは、今までに見てきたとおりです。

 

 

ここで、システマティックでない同好会やファンたちとの結びつきを考える上で、歩夢のある能力について少し見てみましょう。

それは、人を巻き込むという能力です。

 

これは論拠のある話ではなく個人的な体験談なのですが、前職である一時期、かなりの激務を経験していた時期があって、日頃お世話になっているかたにそのときこのように言われたのです。「キミには人を巻き込んで、助けてもらう能力がある。」と。

 

助けが必要なときに助けてもらうというのは、案外難しいことなのかもしれません。しかし歩夢の場合は、自然に (当時の私のような無様な姿ではなく…笑) それをやって、今日子たちの力を借りることが出来ていきます。

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出典: ラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 12話/©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会

心でライバルだと思っていた相手に頼ることだって、きっと簡単なことではなかったはずです。しかし、歩夢はその人 優木せつ菜に自然に心を打ち明けていきます。

 

歩夢は同好会や、ファンのグループのなかに上手く「居る」ことが出来ていたのでしょう*7

7話感想で書きましたように、「居る」事自体、案外難しいことであったりします。うまく「居る」ことができる歩夢も、居させることができるみんなも、成熟してきたんだな、と感じさせられます。

 

 

夢のぶつけ合いができる場所

 

お待たせしました。優木せつ菜の話題です。

市民社会の理念、自由。自由に夢を追うことが、2人の間柄だけでなく、コミュニティ全体を支えるという面も、最後に見ていきましょう。

 

3話感想では、トゥレーヌという社会学者の考えを借りて、システマティックな結びつきだけでなく、文化のぶつけ合いのような情緒的な部分も (コミュニティにとって) 大事だ、ということを書きました。

 

彼によれば、団体にとっても一人ひとりにとっても、いずれにしても大事なのは、「個性化の欲求を互いに守りつつ「連帯的なスタイルで共に生きること」」*8なのだそうです。

 

『モダニティの変容と公共圏』のこの一文を再読して改めてびっくりしたんですが、これってまさにせつ菜、そして同好会のみんなが追い求めてきた理想の姿ですよね。

一人ひとりがお互いにジャマをせずに「好き」を追求してよくって。それで、力を合わせて共に生きよう。と。

 

トゥレーヌによれば今の時代は、「社会」なるもので何とか結びつきを維持するのは厳しいらしくて、一人ひとりが夢を追うことや好きを追求すること、結局これが人と人とを結びつけるせめてもの解になるようなんですよね。

 

それはせつ菜が目指し、そのために頭を悩ませてきたものでもありました。

自ら率先してそれを体現していくせつ菜は、本当にみんなの「好き」を大事にしている人物なのだなと改めて感じられます。

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出典: ラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 12話/©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会

夢を追うというのもまた、難しいことなのかもしれません。利害の対立の可能性だって高いかも知れません。

でも、夢に動き始めた気持ちを揉み消すこともまた、難しいに違いありません。それならば、夢を追うことに改めて希望を見出そうとする。やっぱりそこに、せつ菜の逞しく生きていく姿があると思うのです。

 

それに、歩夢の夢も止められないくらいに大きくなってきているんだなと思うと、これにも感慨深いものがあります。

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出典: ラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 12話/©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会

夢を持ち、それに気づきを得、それを受け入れていくという切磋琢磨していく姿は輝かしいものです。

 

そして、道を違えてもなお、助け合っていこうと努力できる侑の力

その先に実っていく夢の形

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出典: ラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 12話/©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会

こうした時間の流れと、その先に芽吹くものを見た私たちは、これから先もなんとかやっていくぞという希望を、どうしたって受け取らざるを得ませんよね。 

あとがき

 

物語も佳境に入ってきたようですので、今回はこれまでの感想で使ってきたキーワードもたくさん出演させてみました。せっかく導入もしましたし笑。

でも実際、今までのいろんな描写が伏線として、ここの大台に結びついてきている感がありますよね。今回はそれを感じられるような表現にできていたら嬉しいです。

 

それにしてもこの終盤の流れ、個の物語が集合してくる感じというのもまたたまらないですね。

 

逆に言えば、みんなの夢は個の夢から出来ていくということでしょう。

13話が放送される予定の本日は、年末年始に入りつつある日付になりました。これまでにもらってきた勇気をもとに、自分もなにかまた新しい夢に向かいたいな、などと思わされますね。

 

この先どうなっていくか分からない中で、それでもなお立ち向かう、逞しい生き方を。

この秋を通じて得てきたそんな気持ちを胸に、やっていきたいと思う次第です。

 

それでは、今回もありがとうございました。

 

この先も続いていく時間、そしてこの秋に得てきた思いのどこかで、お会いしましょう。

それか、所沢で!

*1:市民社会とは何か』で確認できるように、広辞苑第二版によると市民社会とは、「自由・平等な個人の理性的結合によって成るべき社会」だそうです。

*2:マルサン書店さんにこうした本が他にも多数ありました。メタですが、こうした本が街の書店に充実していること自体、沼津市の企業や地域のなかに「自分たちで街を良くしよう」という意識がある現れという気がします。なお、Aqours市民社会の話題については書く書く詐欺をしてしまっていますが、本当に書く予定で内容もほぼ決めているので、どうか今しばらくお待ちいただければと…!

*3:もちろん、お互いに従事し合っているのであれば一時的には対等なのかもしれませんが、均衡が破れて対等でなくなるリスクを常にともないます。

*4:「信頼」という言葉については、スクスタ21章感想で少しだけ深堀りしています。

*5:コーエンやアラートの見解。『市民社会とは何か』より。

*6:モダニティの変容と公共圏』より。必ずしも血縁関係でない人達によってファミリーが作られる例が幾つか挙げられています。なお、家族のようなご縁はここではゲマインシャフト、会社のようなシステマティックな結びつきはここではゲゼルシャフトと表現されています。

*7:響きあう身体』によれば、音楽、そしてそれに合わせて踊る姿もまた、人を引き込むもの。挿入歌で描かれる五線譜は、歩夢の人を引き込む能力を象徴しているのかもしれませんね。

*8:『モダニティの変容と公共圏』より。太字化は私によるものです。